「日本酒づくりは”人間力”に影響される仕事であり、作り手の個性が酒にそのまま表れる。」

小林酒造の日本酒「鳳凰美田」は、全国の日本酒評価サイトでTOP10に入る代表銘柄として知られる。普段はあまり日本酒を飲まない人にも親しみやすい甘やかな風味で、大手航空会社のファーストクラスとビジネスクラスで提供する酒として選ばれたり、海外でも親しまれたりしている。

今でこそ全国的な知名度を誇る「鳳凰美田」だが、1872年の創業後、100年を誇る歴史の中で一時は蔵の存続が危ぶまれた時期もあったそう。廃業予定だった蔵を立て直したのが現在、第5代目の専務取締役・小林正樹さん。小林専務を中心に経営を見直し、25年にわたる地道な努力によって自社ブランドを磨き上げてきた。

栃木県を代表する名ブランドは、どのような環境でつくられているのだろう?

社員から語られるエピソードを手がかりに、全国TOP10のブランドをつくるために大切なことを学んでいきたい。

小林酒造株式会社(栃木県小山市卒島)
明治5年(1872年)創業。「地元に根差した愛される酒、愛される酒蔵を目指す」という考えのもと、代表銘柄「鳳凰美田」を掲げる。職種は3つ。

  • 醸造部:酒類の醸造、瓶詰、全国の酒米農家から原料の確保等
  • 総合職:イベント出店関連業務、出荷、梱包作業、会社の窓口や発信を担う等
  • 一般職:各部署のフォロー(醸造部、総合職を目指す人も含まれます)

正社員26名(うち女性10名)、そのほかパートナーを含む合計30名で運営。一般的な蔵元は家族経営が多いため、他の蔵元と比較すると人数が多いのが特徴。

お話を伺ったのは、入社6年目の高橋友里さん(27)。現場での経験を活かし、ブランド展開や広報、イベント出店まで多岐にわたる業務を担当している。

小林酒造では2013年から新卒採用を開始。酒造りのレベルが上がってきたことから、よりブランドを強化するための採用が行われてきた。

2014年卒業の高橋さんに、まずは入社のきっかけを聞いた。

高橋さん(以下、敬称略):入社のきっかけは、大学時代にアルバイトをしていた小山駅のスターバックスに専務がお客様として来てくれていたことなんです。

専務は私が店に立つ日によく訪れていて、レジ越しに「今日も元気だね〜」とよく挨拶してくれていました。

そして、ある日の休憩時間に「君は何をモチベーションにして働いているの?」と相談を持ちかけられたことが、私が小林酒造を知ったきっかけです。なぜ大学生の私に……?と戸惑いつつ、お茶をしながら「モチベーションが続かないようで、女性がどんどん辞めていっているんだ。どうすればいい?」と、赤裸々に打ち明けてくれました。

--印象的な出会いに驚きました…!突然の相談、高橋さんはどのような気持ちでしたか。

高橋 友里さん  株式会社小林酒造 人事
白鴎大学教育学部スポーツ健康専攻を卒業後、新卒で小林酒造に入社し現在6年目。入社2年目までを醸造部として酒造りや出荷業務を経験したのち、現在は総合職として会社の窓口やブランド展開の業務を行う。

高橋:学生ながらも会社の課題について議論する経験は、すごく楽しかったです。

スターバックスでの学びをもとにしたアドバイスなど、何かしら意見を言えば、専務は「それいいね!」とうなづいてくれる。外部の人間であるにも関わらず、とにかく自分が受け入れられている感覚が嬉しくて、専務とお茶をするたび、自分が小林酒造の一員になっていくかのような感覚をおぼえました。

--社内だけで解決せず、見ず知らずの大学生に相談を持ちかけるあたりに、小林専務のお人柄を感じます。

高橋:入社してから分かったことですが、専務って、疑問や悩みが浮かんだら真っ先に他人を頼る人なんです。

ちょっとでも疑問があれば、すぐに専門の機関に問い合わせる、若手女性の働き方に悩んだらスタバの大学生に相談する、などなど……。「お酒づくりはチームワーク。自分だけの力じゃ絶対にここまで来れなかった」は専務がよく言う台詞ですね。

鳳凰美田のブランドを全国トップクラスに押し上げた背景には、多くの人を巻き込もうとする専務の姿勢があることが分かる。
しかし、それは決して簡単なことではない。人を巻き込むにも技術がいるだろう。高橋さんの話を聞きながら、「人を巻き込める」専務はどんなお人柄なんだろう…?と考えてみた。


高橋:とはいえ、専務は周りの人に恵まれすぎているなとよく思います。ブランドのためになると思うことだったら一切妥協をしないんです。先日だって専務、日曜日の朝5時に業者さんに電話してましたから(笑)。

でも、そういった電話に応じない業者さんは一人もいないんです。

ーーそこまで無茶振りをするのに、なぜ人が離れないのでしょうか?

高橋:一つ言えることは、無茶ぶりの後、必ずフォローしてくれる人間臭い一面があることでしょうか。

スタバで専務と話したときと同じように、普段もあーだこーだ言いながら仕事をしていますが、強く意見をぶつけ合ったその日の夜には必ず「ごめんね」とLINEが送られてくるんです。

「自分が悪かったよ。昼間はごめんね。ちゃんと考えるね」と本音を言ってくれる。それが専務のにくいところです。

ーーそのように気にかけてくれると、一緒に働く人はうれしいですよね。

高橋:「自分が誰よりも人に助けられている」ことを理解しているからこそ、感謝の気持ちを皆に伝えようとするのが専務です。まだ単純作業をこなしている若手メンバーにも蔵を通りかかるたびに声をかけるんです。

たとえば、高卒で入社した19歳の夢乃ちゃん。専務は「いつもありがとね〜。大変でしょ」「頑張ってるね」って。専務は酒造りの作業の大変さを忘れないので、現場の子をご飯に連れて行ってくれることもしばしば。

皆もきっと、自分を気にかけてくれる専務の力になりたいから努力するんです。だから業者さん達も、朝5時の電話に応じるんだと思います。

高橋:小林酒造って一言で言うと漫画の『ワンピース』みたいな会社で、専務は例えるなら主人公のルフィ。専務、つまりルフィの思想が鳳凰美田を生み出しているので、皆でルフィをサポートしながらお酒を作っていくイメージです。

専務が掲げる目標は常に高いので、それに向かってみんなそれぞれの持ち場でそれぞれの技術を磨くんです。

新しい仲間を採用はしたいですが、専務を応援できる人、常に「小林酒造だったらこうする」を考えられることは最低条件ですね。そういう人が、鳳凰美田のブランドをさらに高める人になるんだと思います。

専務が人を巻き込み続けられる理由、きっとその正体は「近くにいる仲間への気配りを欠かさない」ことなのだと思う。

目の前の仲間を大切にしていれば、仲間は応えてくれる。同様に、目の前の酒づくりに集中すれば、味は結果として応えてくれる。そして、その味が評判を呼び、酒の価値が徐々に高まっていくのだろう。

…そういえばこの小林酒造、ホームページが存在しないのだ。自分たちからは決して広報せず、地酒を専門に扱う酒屋さんの協力と口コミの評判だけで日本トップクラスにのし上がったらしい。


ーーー欠点がなさそうが専務ですが、逆に直してほしいところってあるんでしょうか。

高橋:たくさんありますよ(笑)。だからいつも喧嘩してます。

専務に限らず社員は皆、意見しないといい酒ができないって分かってる。だからこそ、意見が割れたら2時間でも3時間でも、お互いの考えをぶつけ合います。

本音を我慢したり、言いたいことを言えず解決しない、モヤモヤしたままの空気を蔵に持ち込む方が悪いと思っていますから。

ーーー興味本位で恐縮ですが、よくある喧嘩の内容をお聞きしても良いでしょうか。

高橋:例えば、私が考えた渾身のラベルデザインを見せたら「ださい」って、一言言われた時ですね。急ぎの案件だと聞いていたのでこちらも必死で。なのに何度声をかけてもろくに見てくれなかったので、その一言が悔しかったんです。

後日、今度こそはと渾身のデザインを作り、先日のデザインの真横に置いてみたんです。そうしたら、前のデザインを指しながら「これいいじゃん」って。

あのときは褒めてくれなかったじゃん!って、それはもう喧嘩になりました。ラベルの文章にもあれこれ意見してくるのですが、「以前に専務が考えた文章をそのまま書いたんですけど!!」って(笑)

ちなみに、先ほど紹介した「ごめんね」LINEはその時のものです(笑)

組織が大きくなればなるほど経営層と現場の距離が遠くなってしまうケースが多いが、小林酒造はきっと逆なのだろう。最後に、小林酒造で働く人々が日々の業務で大切にしていることを聞いた。

--小林酒造で働く方々が「小林酒造イズム」を支えるために、日々大切にしていることは何ですか?

高橋:「この判断は鳳凰美田のブランドにどう影響するか?」を常に考えています。 

イベントのお誘い一つとっても、鳳凰美田が出る意味を見出せなければイベントには参加しないし、取材も一切受けません。一つでも判断を誤ると、鳳凰美田のブランドが崩れてしまいますから。

やっぱり専務も人間ですので、ブランドの哲学に合った発言をするときもあれば、「鳳凰美田のブランドがぶれるな」と思う発言をするときもある。そんなとき、経営者がちょっとでもぶれそうになったら、専務のセンスを皆でサポートしていく。それが社員の役割です。

--専務をサポートするために、一人ひとりが経営目線を持つ。その姿勢が、鳳凰美田のぶれないブランドを作っているのだなと感じました。現在、人事を担当している高橋さんからみると、小林酒造にはどんな人が合うと思いますか?

高橋:採用のときに「専務と相性がいい」、すなわち「素直である」人柄はとても重視しています。

毎年100人超の応募がある中でも、採用されるのは2,3人。お酒造りは、人の感性と価値観が味に現れるので、慎重に採用を行っています。

素直といっても従順ではなく、言われたことを一度受け止めたうえで、+αで意見を言える人を求めています。専務の判断が違うな、と思ったら「違う」と言える人がいいですね。「私だったらそんな鳳凰美田買いません」って言える人。

意見すると、最初は受け入れてくれないこともありますが、夜中にはLINEが来るので大丈夫です(笑)。「ゆりの言う通りだったね」って。そうしたら「じゃあ、明日もう一度検討してみましょう」ってLINEを送ります。

私は、6年かけて性格が悪い人間になったなと思います。良い感情も悪い感情にも向き合うことが増えたので。

でも、本音も悪も出しきらないと、人間味のある酒ができない。自分、性格悪いなあと思うこともあるけれど、ポジティブにいきますよ。今日も喧嘩したけど、すっごい楽しい!って(笑)

「日本酒づくりは”人間力”に影響される仕事であり、作り手の個性が酒にそのまま表れる」。最初はただの精神論なんじゃないかな?と思っていました。

しかし、わからなければすぐに頼り、してもらったことにはお礼をする……小林酒造のもつ飾り気のない姿勢をみて、鳳凰美田の“愛される味”に、妙な納得感を感じました。

ブランドには、それを作る社員たちの姿勢が滲み出るふだんの仕事に対しても小手先のハウツーに惑わされる前に、自分たちの姿勢から自問していく必要があると感じた取材でした。

お問い合わせ先

小林酒造株式会社 人事部 高橋宛
本社:栃木県小山市大字卒島743-1
TEL:0285-37-0005
メール:houou-biden@tvoyama.ne.jp

制作:小山市 株式会社kaettara
撮影:ブレーメンデザイン

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