人は生涯の3分の1を睡眠に費やすという。

もしも90歳まで生きるのだとしたら、30年間は寝ていることになるのだ。しかし、睡眠時間をないがしろにしがちな現代人は多い。食事にお金をかける人に比べたら、寝具やパジャマなど睡眠にこだわっている人は少ないだろう。

そんな価値観とは裏腹に「寝室から人生をより豊かに」との想いで、布団づくりに励んでいる人たちがいる。栃木県・小山市に拠点を置く株式会社コバックスだ。

幾度ものハードルを乗り越え、今やECサイトでの売り上げを伸ばし続ける秘密、大切にしている価値観について、代表取締役社長の中條裕介さんにお話を伺った。

東日本大震災をきっかけに芽生えた”家業を継ぎたい”との想い

株式会社コバックスの設立は1948年。東京都江東区で創業された寝具メーカーで、現社長を務める裕介さんは4代目にあたる。

2代目社長の時代に小山市に工場を設立。20年ほど前に本社も小山市に移し、オリジナルブランドの布団を生産・販売している。

代々受け継がれてきた会社を4代目として継ぐことを、最初はどう考えていたのだろうか。

「もともとは東京都内の自動車メーカーで働いていました。

出世欲もあって、自分はこの会社でキャリアを積んでいくんだろうなと思っていましたね。

でも、東日本大震災で被災した方々に出会って家族の在り方を考えさせられ、31歳のときに家業を継ごうと決意しました」

「正直なところ、家業を継ぐつもりはまったくなかったんです。3代目社長の親父も”自分の代で終わらせたくない”という思いがあった一方で、業界全体が厳しく斜陽産業なことはわかってましたから、無理に”継いでくれ”とは言ってこなかったですし。

でも、”家業を継ぐ”と決めてからは、会社を辞めることへの迷いは全くありませんでした」

「自分たちの商品を、適正な価格で」の実現に試行錯誤する日々

「入社して3か月が経ったころですかね。会社としてかなり厳しい状況に陥ってしまって正直、”あーやばいとこ入っちゃったな”って思いましたね」

この状況を目の当たりにし、中條社長はある決意をしたという。

「当時は、布団を安く大量生産するという方針をとっていました。なので、常に生産量を担保するため設備と社員にフル稼働してもらっている状況です。また、取引先様への立場が弱く、価格競争になって利幅が少なくても仕事を受けざるを得ないことも目につきました。

結果、忙しいわりにはあまり利益がないという状況になってしまい、社員も疲弊していたのです。

このままだと経営状況だけでなく、組織としてもまずい。だからこそ、これからは安さで勝負をするのではなく、自分たちが設定した価格をつけて売れる状態にしなくてはいけないと思いました」

「適正な価格で売るためには、こちらが自信を持って売れる品質の良いものを1点1点丁寧に作る必要があります。この時から、大量生産ではなく在庫は持たずに回転を速くするコンパクトな経営を目指すことにしました」

自分たちの価格で、自分たちの商品を売る。この決断を実現するために、中條社長はあるチャレンジに挑んだ。その1つがECサイトお布団工房の立ち上げだ。

「これからの時代、寝具はどのような購買行動のもと購入されるかを考えたときに、ECサイトでの販売は欠かせません。当時は自社サイトすらありませんでしたから、ゼロからのブランディング、デザインの作り込みは結構大変でしたね」

「お布団工房では、ものづくりの現場らしい“工房”の雰囲気を伝えながらも、おしゃれだと感じてもらえる世界観を目指しました。なので、社員たちに協力してもらいながらプロのカメラマンに依頼して写真撮影をし、掲載する素材はこだわり抜きました。

その甲斐あって、始めてからすぐに目に見える結果が出たので、安く請けていた仕事を減らし、EC事業を拡大して徐々に事業の比率を変えていくことができました」

数年前まであった「ネットで買う=怪しい、怖い」との声も、今となってはかなり減り、老若男女問わずECサイトを利用している人は増えた。しかし、その一方で感じることもある。

それは、インターネットの向こう側にいる人たちの顔色を気にしすぎてしまったがゆえに、企業としての価値観、ブランディングがゆらいでしまい、昔からのファンが離れてしまうということだ。

そのようなインターネットを介してお客さまと直接つながったがゆえに、ぶつかった難しさについて聞くと、中條社長は反省と気づきの連続だと答えてくれた。

「ECサイトは単純にライバルが多いですし、他の店舗さんが安売りしている時期は売り上げがガクッと落ちてしまいがち。だから値付けの難しさは常に感じています」

「商品を値上げすることは、想像以上に難しい。これまで景気の影響により、何度か輸送費が上がったタイミングがあって、値上げにチャレンジをしたことがありました。

当時の弊社はクリエイティブやおしゃれさが好評で、売り上げも悪くはなかったんです。だから、思いきって低価格帯ではなく、中価格帯のブランドとしての方向転換を決めました。

でも、その結果、全く商品が売れなくなってしまって……。” あー自分たちが求められているのは、ここではないのか”と痛感し、3日で元の方向性に戻したこともあります。そんなことの連続です」

リピーター続出「応援」され、ファン化していく秘密

「その失敗をきっかけに、“お客さまが私たちの商品を購入してくださる理由”に気づかされました。ただおしゃれなだけの商品なら、高品質な商品ならセレクトショップで買うでしょうし、安価な布団なら、量販店や安さを売りにするECサイトなどで手に入れられる時代です。じゃあ、僕たちに求められているのは、なんなのか。

それは、おしゃれであることはもちろん、1つ1つ丁寧にこだわり安全・安心が備わったものづくり、その上で手に入れられる価格であるということです。

僕がこの会社に入社したときに感じた”自分たちの商品を自分たちの価格で売りたい”、それがお客さまからも求められていることなんだと思いました」

「それが確信となった出来事がありました。

僕たち、商品を買ってくださった方に”OFUTON KOBO MAGAZINE”というパンフレットを同封しているんですけど、これまで寝室のスタイリングをメインに掲載していたのですが、社員のストーリーや想いを顔写真入りで載せるようリニューアルしたんです。

もっと自分たち生産者の、布団づくりへの姿勢を知ってもらいたいなって」

「そうしたら、明らかにECサイトに書き込まれる口コミの質が変わったんです。★5の評価が増えて、お客さまや取引先さまから”応援したい”との声をいただくようになりました。

この時に“自分たちの商品が、自分たちの価格で”、お客さまに受け入れてもらえたんだと感じました。

コンパクトな経営に踏み切ってからは、僕が目指しているのは売上よりも、元気がある、応援したいってお客さまから言ってもらえる会社なので、すごく嬉しかったです」

「だからね、もっと信頼してもらえるように頑張ろうと思うんです。ECサイトでの評価が全て★5になるくらい満足度の高い、日本一の寝具メーカーになるために。そのためには、私だけでなく社員一人ひとりが目の前の仕事を一生懸命やることが大切だと思います。

だからお客さまからの声は、どんどん社員に共有するようにしています。地道なことかもしれませんが、そういう積み重ねで一人ひとりがエキスパートとしての意識を持ってくれたらうれしいです。

最近は睡眠環境寝具指導士の資格の取得にチャレンジするメンバーも増えてきました。商品の質の高さには自信がありますから、社員がみんな睡眠に本気で向き合うエキスパートでいてくれたら、きっと質の高い寝具メーカーとしてお客さまからも評価されることも増えると信じて、前へと進んでいきたいです」

「挑戦していきたいことがたくさんあります。これまで何度も社員や、お取引先さま、お客さまには助けてもらってきたので返していきたいんです。

あくまでもお客さまのことや時代の流れを捉えることを忘れずに、そして自分たちの軸はぶらさずに挑戦できたらなと……まあ、口では簡単に言えるけど、やるのはすごく難しいですけどね!」

インタビューの最後、笑顔でそう話してくれた中條社長。多くの方から信頼を寄せられている理由がわかったような気がする。現在、小山市のふるさと納税の寄付お礼の品としても大好評とのことを聞き、”日本一の寝具メーカー”への道を着実に歩んでいると感じた。

お問い合わせ先

株式会社コバックス 中條宛
本社:栃木県小山市 西黒田92
メール:info@kk-covax.co.jp
お布団工房サイト:http://www.e-futon-kobo.com/

制作:小山市 株式会社kaettara
撮影:BremenDesign

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