スケールの大きな事業にたずさわることができ、経営基盤も安定している大企業を辞め、自分で事業を立ち上げる。人も物も企業も集まる首都圏を離れ、Uターンして地元ではたらく。

移住、起業、もしくは地元での就職……

いつか自分もそんなときが来るのかな、と思いつつも、仕事や住む場所を変えるのは人生の中での大きな決断。なかなか具体的に想像がしにくいのではないでしょうか。

今回お話をうかがったSunフーズ株式会社は、創業者たちがまさに大企業を退職し、起業してできた会社です。代表取締役の栗原さんを中心に、「地方でビジネスを行う中で気づいたこと」をうかがいます。

Sunフーズ株式会社(栃木県小山市)
2008年創業。「美味しいものしか販売しない。自信があるものしか陳列しない」を信念に、野菜の卸、お惣菜仕出し、地域のアンテナショップ運営を行う。従来の方法である「市場からの仕入れ」に頼らず、農家から産物を直接買い取ることにより、生産者の負担軽減に努めているのが特徴。
1)卸売事業:野菜ソムリエが提携農家を厳選。産地直送で、飲食店や学校、福祉施設などに新鮮野菜を卸す。
2)おかずや事業:提携農家が提供する野菜を使用し、惣菜・弁当を販売。
3)アンテナショップ運営:小山市 まちの駅「思季彩館」を運営。マルシェ、イベントも多く開催。
正社員23名。うち5人で「小山市まちの駅 思季彩館 」を運営。

大企業を経て気づいた。やりたかったのは “手ざわり感のあるビジネス”


栗原さんはかつて10年間大手住宅メーカーの戸建営業マンとして活躍され、のちにSunフーズを創業されたんですよね。なぜ、長く勤務した大企業を辞める決断をしたのでしょうか?

ひとことでいうと、プロジェクト全体に丸ごと関わりたかったからですね。

栗原 宏さん (Sunフーズ株式会社 代表取締役 )
栃木市出身。横浜市内の大学卒業後の就職先に首都圏の会社を選ぶも、家族のガンをきっかけにUターン。Uターン後は大手住宅メーカーに勤務。戸建営業マンとして全国No.1の成績・約10年の勤務期間を経て退職し、2008年にSunフーズを起業。

結局、自分が営業として契約・設計・資金調達まで携わっても、注文住宅の完成・引き渡したらお客さんとの頻繁なやり取りはそこで終わり。住宅系の大きい会社だと特に役割が細分化されているから、お客さんの今後の生活すべてを見届けるのは無理だったんです。どうせなら、自分とお客さんが大切に育てて提供した住まいをアフターサービスまでフォローできるような、最後まで見届けられるビジネスがしたい
そう思ってSunフーズを起業して、現在は3つの事業を運営しているんです。

運営されているのは「やおや&卸売販売事業」「おかずや事業」「小山市まちの駅 思季彩館 運営事業」ですよね。3つの事業は、それぞれどのような役割を担っているのでしょうか?

「やおや&卸売販売」で、主となる商品は契約農家さんから仕入れ、産地直送で学校や福祉施設に卸す。
「おかずや事業」では、廃棄をなくすためにお惣菜や弁当を作ったり、思季彩館内の飲食スペースで提供する。
そして、小山市のアンテナショップでもある「小山市まちの駅 思季彩館」は、それらの野菜や惣菜を売る場、飲食スペースでの交流の場として機能しています。

素材を集めて、つくって、届ける。3つの機能ですね。

やりたかったのは、その3つの機能をまとめて管理すること。それがやりやすかったのは、住宅のような高額商材を大手企業で売ることではなく、野菜のような安い商材をちいさく売ることだったんです。現役時代は新卒1年目で営業成績が全国1位にもなったんだけれど、自分のやりたいことに気づいてからはあっさり辞めてしまいました(笑)。お金を稼いだ経験も十分したしね。

新卒1年目で全国1位って、めちゃくちゃすごいじゃないですか!

小林もかつては、ウエディングプランナーとして全国の系列店のなかで1位の成績を残してたんだぞ〜。な!

小林 千恵さん (Sunフーズ株式会社 まちの駅「思季彩館」マネージャー)
古河市出身。高校を卒業後、憧れで東京の美容専門学校に入学するも、環境が合わず退学。スナック勤務を経た後、東京の空気に疲れ地元にUターン。卒業後は小山の結婚式場でウエディングプランナーとして勤務し系列店中、全国No.1の成績を残すも離婚を機に退職。
縁あってSunフーズに入社し、現在今7年目。まちの駅「思季彩館」マネージャーとして、店舗運営や「まちマルシェ」や「御殿広場ピクニックマルシェ」を手がける。

そうだった~!私の場合、退職のきっかけは離婚で。次の職を探すとき、20代の頃スナックで働いていた経験を思い出したんです。
スナックで働く中で接するお客さまは、社長さんから店長まで多種多様。貴重なお話がたくさん聞けるのは良い経験でした。地域住民の方と関わる「思季彩館」は、スナックに似た楽しさがあると思って。会社の規模も全く違うし、異業種からの転職もおもしろいかなと思って、入社を決めました。

正直、大手企業を脱サラしてこんな事業を始めるなんて、リスクだらけよ。
それでも、お客さんに届けるところまで責任を持って関われる、手ざわり感のあるビジネスは何者にも変えがたい生きがいを見いだせると思ったんだ。

不動産業界・ウエディング業界から飲食業界へ。大企業勤めから小さな起業へ。
「最初は右も左も分からなかった」というSunフーズも、今年で創業10年をむかえる。

一から運営することで気づいた。信用できるのは『駆け出しから評価してくれていた人』

大手企業でバリバリと活躍していたおふたりが、自らの働き方を見直して辿り着いたのがSunフーズの今の形なんですね。リスクだらけのなか起業されて、どうでしたか?これまでのあゆみを聞かせてください。

そりゃもう、最初は全然うまくいかなかったですよ。Sunフーズは今でこそ億の売り上げがあるけれど、初年度の半年くらいは役員報酬なんて毎月5万円だったからね(笑)。

特に「おやま市まちの駅 思季彩館」事業の一環で開催している「まちマルシェ」は、全然ダメだったよね。繁盛するまでに2年かかったんですよ。

「おやま市まちの駅思季彩館」では、地元住民によるイベントなどを行う。
隔週で開催される「まちマルシェ」が人気。地域の人たちの接点として、多くの市民に愛されている。

「思季彩館」で開催されるまちマルシェには、今や多くの人が訪れていますよね。それでも、駆け出しの時期はうまくいかなかったんですね…。

やっぱり、人が来ないんですよ。週末といえど、地方だからそもそも人口が少ない。人が集まるコミュニティも全然ないから、学生も子育て世代も街に出てこない。そんな中で集客するのは難しくて…。駆け出しの時期なんて、午後は特にお客さん少なかったなあ……。

そんな条件の中、まちマルシェが盛況に至った要因はなんだったのでしょうか?

あきらめずに月2回、認知されるまで続けたことですかね。「売れなくても、出させてもらえるだけで良いんだよ」って言ってくれる出店者さんや、「頑張ってるね」って買いに来てくれてた人のご厚意を絶対に裏切りたくなかったから、成果が出るまで続けたかったの。
目立つことや変わったことをすると、変わったヤツという目で見られるけれど、本気で頑張れば伝わるし、認めてくれて自然と協力してくれるようになるもんですね。別に、特別なテクニックを使ったわけじゃないんですよ。

まちマルシェを一から運営する過程で思ったことがあれば、お聞きしたいです。

駆け出しの時期から応援してくれてた人は特に大切にしたい、ということですね。
全く繁盛してなかった初期からまちマルシェを評価してくれてた人たちは、私たちがどんなに困っていても助けてくれたから。私も絶対いつか恩返しするんだという気持ちを持ち続けて2年続けたら、念願かなって、小山市役所のとなりで「御殿広場ピクニックマルシェ」を開催することができました。

どんな事業もそうだけど、成果が現れるのを見計らったかのように声をかけてくる人もいる。でも、見返りを求めずに最初から応援してくれた人こそ、こちらも大切にしていきたいよな。

まちマルシェの出店者は、駆け出しの人を優先するようにしているの。地元で頑張っている人、Uターンしたてでお金がない人、人脈がない人とかね。実績も何もなかったころ、まちマルシェは地域の人に応援されて育ってきたから。恩返しとして、まちマルシェも駆け出しの人たちを応援したいんです。

リスクを負うことで見えてきた。商品の裏に隠された、生産者さんの想いや背景

Sunフーズの主力事業である卸売事業では、契約する農家さんに共通点はあるのでしょうか?

もちろん。うちが提携している農家さんは全員、野菜にプライドを持っている「プロ」よ。

失礼を承知でお聞きするのですが…、栗原社長がおっしゃる“プロの野菜”って、他の野菜とどう違うのでしょうか…?

例えば、これがうちと提携している農家さんのレタス。で、こっちに市販のレタスもあるから、持って比べてみて。

市販と契約農家さんのレタスを持ち比べてみた。
契約農家さんのレタスは大きいのに軽い…。
「ふんわり柔らかいのがベスト!良いレタスは軽くてふわふわしてるんよ」と栗原さん。

ちなみに、「野菜にプライドを持っている人」とだけつきあう理由を聞いてもいいですか。

それは、うちが卸売会社だから。つまり、売れ残るかもしれないリスクを背負って商品をすべて買いとり、自分たちで責任をもって販売するということ。通常の野菜直売所は、委託販売が多いんですよ。委託販売は販売数に応じて手数料をもらい、売れ残ったら返品できるんだ。

卸売事業では、飲食店・ホテル・結婚式場等を対象に野菜、果実、鶏卵等の卸を行う。
買取型の卸売で仕入れた一部が「思季彩館」にも並ぶ。

なるほど。売れ残るリスクがあるのなら、取引相手は慎重に選びたいですよね。

そうそう。Sunフーズの契約農家さんは、ほとんどが直売所時代からのおつきあい。「野菜にプライドを持っている人」とだけお付き合いしている理由はそれです。

こだわりある農家さんと関わる卸売業を営むなかでの学びがあれば、お聞きしたいです。

商品の裏に隠された、生産者さんの想いや背景まで考えるようになりましたね。卸売業で学んだことでもあり、年収が下がったからこそ学んだことでもあるかな(笑)。
売れ残りのリスクや脱サラのリスク。リスクを抱えたことで金銭感覚にシビアになったからこそ、適当なものを買いたくないと思うようになった。自分がこのサービスにお金を使う価値があるかよーく考えるようになって、結果的に豊かな生活が送れるようになったと思うよ。

お金がある時って、「もったいない」って感じにくくなっちゃうじゃないですか?でもね、今は1円でも大事にするし、残さず食べる。お金がないからこそ見えたことがいっぱいあります。

“手ざわりのあるビジネス”だからこそ得られた。信頼している人たちに囲まれる安心感

まちマルシェ運営や買取り型の直売所…。これまで多くの苦労があったと思いますが、会社員に戻りたいと思うことはなかったのでしょうか?

思わないですね。こんなに働いているのに、給料は当時の3分の1だけど(笑)。これからは、本当に大切にしたいことを大切にしながら仕事をしたいと思っています。

本当に大切にしたいこと?

駆け出しから応援してくれた人からの期待にこたえたいし、信頼している生産者さんとこれからも仕事をし続けていきたい。自分が信頼した人たちに囲まれて仕事ができることがここまで安心感があるとは、リスクをとって起業しなきゃ分からなかったことかもしれませんね。

特に地方でビジネスをするって、信頼と安心感は絶対かもね。東京に比べて小山の方は、人を見てから買うかどうか選んでいて、この人は信頼できるかどうか?細かい仕草まで見ている気がします。私はいつでもお客さんに寄り添って、お店に行けばいつもいる存在になりたいな。

稼ぐ金額が変わったことによってライフスタイルも金銭感覚も変化したけど、正直、お金のない今の方がものの考え方や時間の使い方が変わって、人間的に豊かになれたと思ってる。だから、会社員に戻りたいとは思わないですね。

【編集後記】
大企業で活躍していながらも退職。独自のビジネスに挑戦する道を選び、とても充実されている様子がおふたりから伝わってきました。

実際に地域でゼロから事業を営み、自分たちの手で周囲の人たちと信頼関係を築いてきたからこそ伺える体験談は説得力があり、「幸せな働き方」の1つのかたちを教えてくれたように感じます。

どこでどんな仕事をするのが幸せなのか。人生の中で絶えず考え続けるであろうこの問いの答えは、人それぞれ。同じ物差しで判断はできないものです。

おふたりの経験をヒントに「じゃあ自分はどうしたいのか?」に向き合い、自分らしい道を今一度考えてみたい。

お問い合わせ先

Sunフーズ株式会社 宮田宛
本社:栃木県小山市駅南町6丁目7-19
メール:sunfoods@bell.ocn.ne.jp
採用ページ:http://sunfoods808.com/
おやま市まちの駅思季彩館:facebookページ

制作:小山市 株式会社kaettara
撮影:BremenDesign

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