全国の日本酒評価サイトでTOP10に入る銘柄として知られる日本酒「鳳凰美田」。

前回の記事では、鳳凰美田のぶれないブランドを作るために、一人ひとりが経営視点を持ちながら働くカルチャーに触れた。

小林専務の姿勢から「仲間に対する徹底的な声かけが、社員の士気を高める」ことを学んだが、それだけではリーダーの哲学は十分に浸透しないのでは?と疑問が残る。

そこで今回の記事では、次期の小林酒造を引っ張るリーダー格として期待される若手社員・松岡さんに話を聞いた。 小林酒造の哲学を守るために、ふだんの業務ではどのようなコミュニケーションがなされているのか。

松岡さんから語られるエピソードを手がかりに、「全国TOP10」のブランドをつくるために大切なこと学んでいきたい。

小林酒造株式会社(栃木県小山市卒島)
明治5年(1872年)創業。「地元に根差した愛される酒、愛される酒蔵を目指す」という考えのもと、代表銘柄「鳳凰美田」を掲げる。職種は3つ。

  • 醸造部:酒類の醸造、瓶詰、全国の酒米農家から原料の確保等
  • 総合職:イベント出店関連業務、出荷、梱包作業、会社の窓口や発信を担う等
  • 一般職:各部署のフォロー(醸造部、総合職を目指す人も含まれます)

正社員26名(うち女性10名)、そのほかパートナーを含む合計30名で運営。一般的な蔵元は家族経営が多いため、他の蔵元と比較すると人数が多いのが特徴。

松岡 峻さん 株式会社小林酒造 醸造部
仙台大学体育学部体育学科卒業後、醸造部にて酒造り(主にしぼり担当)や瓶詰を行っている。

ーー松岡さんは入社5年目にして、今後蔵を牽引していくエースとして活躍されているそうですね。お仕事の話にうつる前に、まずは松岡さんの入社の経緯を伺わせてください。

松岡さん(以下、敬称略):実は、幼い頃から続けていたサッカーで全国ベスト8の結果を残せた経験から、当初はプロとしてサッカーを続けようと思っていたんです。

しかしプロになっても結果を出さなければ先は無いし、やっぱり社会人になって安定が欲しかった。そうしてプロへの道を諦めたことが、僕の就活の始まりでした。

ーー仙台をはじめ他県へ就職する選択肢もある中、なぜ、あえて地元に戻ってこられたのでしょうか?

松岡:父が単身赴任だったことから、妹と母の二人で暮らしている家族のことをサポートしたかったんです。そのため、迷わず地元の小山市での就職を考えました。 しかし、大学最後の大会が終わったのが、卒業式直前の2月でして……。

引退後に就職活動をはじめたのですが、その時点で募集している会社は4社しかありませんでした。 結果的には複数社から内定をいただきましたが、大学時代はスナックでアルバイトをしていた経験もあり、お酒が好きでつくることにも興味がありました。それが、小林酒造への入社のきっかけです。 ーー当時の面接についても教えてください。面接では毎回、小林専務との面談を経ていますが、印象的だった質問はありますか?

松岡:「最近泣いたことは?」ですね。 専務からの質問は常に、僕が「物事のどこに感動を抱くのか?」を見極めているような印象を受けました。

他社よりもはるかに、僕自身の価値観に鋭く突っ込んでくる。そんな面接スタイルに当時は冷や汗をかきましたが、今思えば、お酒造りは人の感性と価値観が味に現れるので、感動ポイントの把握は必要なプロセスだと感じます。

松岡さんの選考フロー ※人によって異なる
一次面接:専務・高橋友里さんとの面談と、蔵の中の案内。
二次面接:専務・本社工場長の小林悟さん・第二工場長の保坂さんとの面談。
三次面接・社長・専務との面談。

ーー採用では、小林専務との相性の良さも重視されると、高橋さん(※人事担当/前の記事に登場)もおっしゃっていましたね。やはり松岡さんを採用された決め手は、専務とのマッチングだったのでしょうか。

高橋友里さん:まっつー(松岡さん)は専務との相性も十分でしたが、それ以上に熱意の強さが内定の決め手でした。

目の前の全国大会に全力で向き合った。だから就活もこの時期になってしまったと。

全国大会が卒業直前まであるというサッカー部の背景が理解されにくいなか、軸のあるストーリーを全力で説明してくれたことで、志望理由に熱意がこもっているのが伝わりました。 松岡:確かに、「軸」は大切にしていたかもしれません。

面接前、この会社への想いだけはしっかりと固めておこうと。会社への想いに軸があれば、何を聞かれてもぶれないはず、と考えていたことをよく覚えています。 ーー続いて、普段の業務の様子を伺わせてください。

松岡:1日の流れはこのような感じです。

5:30 仕込みの準備 7、8人の男性陣でおこなう。情報共有しつつ作業。 「専務、今日はるんるん気分かな?」共通の話題が、専務の様子だったりすることも多い。
7:00 朝ごはん 食堂に集まり、皆で食べる。皆食べるのが早いので15分程度で食べ終えてしまう。 朝ごはんが一番のコミュニケーションの場。
7:30 ミーティング 一日の仕事内容と分担をホワイトボードに共有し、一日の流れが決まる。専務より全体へ話があり、その後に休憩。
8:00 各自の仕事 松岡さんの場合は、蒸し上がった米を仕込みする。 黙々と作業しつつ、ときどき専務に声をかけられる。
12:30 お昼休憩
13:00 翌日の仕込み準備
15:00 休憩
15:30 明日の準備・ラベル貼り
16:00 切り返し 手の空いている男性は朝、麹室に入れた麹に一旦手を入れてほぐす。仲間同士で情報共有・コミュニケーションしつつ作業。
16:40 片付け 片付けをしつつ、定時までラベル貼り。
17:00 退社 定時後は、3人ローテーションで「仕舞い仕事」があることも。

松岡:小林酒造で仕事をする上で避けては通れないのは、何と言っても“専務との対話の量”だと思います。 仕事をしていると専務がふらっと現れて「これどう思う?」「なぜそう思う?」と、所構わず、意見と根拠を問われます。

特に僕はもろみの様子を管理したり、仕込みを行ったりと、酒造りに直接関わる仕事をしているので「この機械買っちゃう?」「そう思うのはなぜ?」のセットは定番のやりとりですね。

ーー「みんなで専務をサポートしていく」カルチャーが根強い小林酒造だからこそ、専務と対話する頻度が多いのですね。

松岡:それはあると思います。しかし、とっさに質問された際にあたふたしてしまうと、専務は「じゃあいいや」と去って行ってしまう。それは悔しいので、社員は常に、自分の意見が言えるように思考するようになります。

そのためには常に会社の流れを把握し、「自分なら、鳳凰美田のブランドに対して何ができるか?」を考えていなければいけません。逆に言えば、会社に対する想いに自分なりの軸があれば、何を聞かれても答えられる。採用面接でお話しした“軸”の話と似ていますね。

ーーお話を聞いていると、専務の何気ない声かけが、社員全員が経営視点を身に着けるための訓練となっているのではないかと感じます。

松岡:確かに、「どう思う?」「なんでそう思う?」と常に問われるので、いつの間にか自分も専務と同じ目線で思考する癖がついていったなとは思います。専務ならこうするかな、その理由はこうだから、という風に、ですね。 松岡:思えば、「なんでそう思う?」と“根拠をセットで問われる”ことが、自分を成長させている面もありますね。 仕込み時の温度が分からなかった入社当初は、たびたび「何℃で仕込みを行えばいいですか?」と、表面的な正解を求めて質問していました。

もちろん最初は正解を教えてくれますが、その後には「じゃあ、なんでこの温度だと思う?」という問いがセットでついてくるんです。 根拠をセットで問われていると、一つ一つの行動に対して意見を持てるし軸が現れる。

徐々に「普段はこの酒米は何℃で仕込んでいますが、寒くなってきたので温度を上げるのはどうでしょう?」と提案もできるようになってきて、昔と比べて成長を感じます。 ーー逆に言えば、根拠のない表面上の意見は真っ先に突っ込まれそうですね…

松岡:そうですね。自分たちの意見や判断が、そのまま鳳凰美田のブランドを左右していくので、そこに軸がないと、鳳凰美田も軸のないブランドになってしまうと考えています。

そう考えると、現在の鳳凰美田に宿るぶれない世界観は、専務の「なんでそう思う?」から始まっていると言えるかもしれませんね。鳳凰美田のブランドを作っていくのは、結局、私たち社員ですから。

高橋:新しく建てる蔵の図面とか、専務、最近いろんな人に意見を仰いでいるけれど、ああいうのも聞かれる人と聞かれない人がいるよね。まっつーはいろいろと頼られているけれど、それはきっと専務からの信頼が厚くなったからだよね。

松岡:どこかで「専務に求められること」を目指して仕事をしている節はあるかもしれません。と言っても、僕もまだまだです。期待に応えられていないと反省することもたくさんあります。

自分自身が成長するために努力をすることはもちろんですが、経営視点を持ちながら仕事をする社員がさらに増えることが、小林酒造として結果を出すことに繋がると信じているので、そこにも貢献していきたいです。 ーー松岡さんが考える「結果」とは何でしょうか?

松岡:お客さんに喜んでもらえるような美味しいお酒を届けること。 地元の友達から聞く「おいしい」とか、酒屋さんの開くイベントでどこよりもブースに人が並んでいる状態ですね。

シンプルに、お客さんからの「おいしい」に向き合うことが、何よりも会社の売り上げに直結するのではないでしょうか。 清酒業界は市場が縮小しているのですが、やるからには、一度は日本一を経験してみたいんです。

高校サッカーでは全国ベスト4止まりで引退してしまったので、「日本一を獲るってどういうことなのか?」を、酒造りの舞台で追求してみたい。

鳳凰美田は、まだまだよくしていけるところがたくさんあります。 日本一を獲るために、今までの鳳凰美田のベースを崩さないようにしながら、後の世代なりにできることを模索していきます。

「小林酒造らしさとは何か」を考える文化が、ここまで社内に浸透しているのはなぜだろう?

その成因は、小林専務が「これどう思う?」と「なぜそう思う?」と語りかけることによってもたらされる、思考の機会の多さが影響していた。

強く、ぶれないブランドの形成。それを目指すには、経営者自身が発信することも重要だが、社員が頭を使って考え、意見できる環境づくりが何よりも大切なのだろう。

駆け出しである私たちMIKIRO編集部も、「MIKIRO」というブランドを作る上で、時に何が正解かを見失いそうになる今日。「これどう思う?」と「なぜそう思う?」をきっかけに、仲間の声に耳を傾けてみたい。

お問い合わせ先

小林酒造株式会社 人事部 高橋宛
本社:栃木県小山市大字卒島743-1
TEL:0285-37-0005
メール:houou-biden@tvoyama.ne.jp

制作:小山市 株式会社kaettara
撮影:ブレーメンデザイン

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