「女性の活躍×デジタルトランスフォーメーションを推進するまち」として、関係人口の創出や官民連携に取り組んでいる栃木県小山市。昨年度は小山市の住民の方々と共に、地域で暮らす女性たちが日々の生活の中であきらめてしまっていることや我慢していることの中に持続可能なまちをつくるためのヒントがあること、そこで見つかった課題解決に向けた挑戦が市外の人たちも関わる余白となることに気づくことができた。
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今年度は小山市の住民の方々が実際にデジタルを活用して地域課題解決に向けた取り組みに挑戦していく。第1回目である今回のイベントでは、誰でもアプリが作成できる開発ツール「MIT App Inventor」を用いて、日本唯一のMIT公認・教育モバイルコンピューティングマスタートレーナーである石原正雄氏を講師として招き開催した。
MIT App Inventor(MITアップインベンター)とは?
マサチューセッツ工科大学が提供する直観的で視覚的なプログラミング環境で、誰でもスマートフォン(以下、スマホ)やタブレット用のアプリを作成できるソフトウエア。海外では、若者たちが生活水道の汚染による健康被害から住民を守るためのアプリを作ったり、水汲みの混雑を緩和するアプリを作ったりと、実際の生活の中の課題を自ら解決するために使われている事例も存在する。
▼MIT App Inventor リンク
https://appinventor.mit.edu/
重要なのは地域課題を見る視点とシステム思考
地域課題を解決するために、石原氏はまずシステム的に整理することが重要だという。
例えば2019年新型コロナ流行初期、日本では一部の人たちがマスクを買いだめしたり、生産量が追い付かなかったりし、全国的にマスクが手に入らず混乱状態になった。この状況はなぜ起きたかをシステム的に分解してみよう。
石原氏はシステム的に考えるため下記の因果ループ図で整理し、説明された。まず「自分のマスクの消費量」が上がり、「周囲の人のマスク消費量」が上がると「平均的なマスク消費量」も上がる。そうすると「マスクの総消費量」も上がる。その場合「マスクの在庫量」は下がるため「マスク生産量」に影響を与え、生産量を上げる必要がある。
つまり自分の周囲のどの薬局や店にどのくらいマスクの在庫があるかがわかれば、市民(消費者)は買いだめをしない。生産者も在庫量を見て適正量を生産できるのだ。
このマスクの需要と供給の課題について、台湾ではデジタル担当大臣のオードリー・タン氏主導で早期にアプリを開発した。適切な対応の結果、台湾では感染拡大は最小限に抑えられ、経済活動との両立を実現した。台湾はいまやデジタル推進国として世界で有名である。
スマホは世界中のほとんどの人が所有しているツールである。そしてこのスマホでは通話やカメラだけではなく、インターネットへのアクセス、SNSを通じたコミュニケーション、地図・位置情報の共有など様々なアプリを利用しており、我々の日常生活に欠かせない。「この万能な機器を社会課題解決のツールとして使わない手はない」と石原氏はいう。
そのスマホのアプリを開発するためにはプログラミングが必要だが、高度なスキルが求められていると思われがちであり、特に女性にとっては参入するハードルが高く感じられることが多い。しかし、石原氏は「女性がアプリ開発を学ぶと、そのスキルを使って社会課題を解決しようと行動を起こす人が多い」という。女性たちは家庭や地域活動の役割を多く担う傾向がある。だからこそ、地域課題を体感する機会が多く、解決するために行動する可能性が高いのだ。
アプリ開発によって社会課題の解決へと導いた女性たち
今回、石原氏には世界の女性たちが社会課題を解決するために行った、アプリ開発の実践例を3つ紹介していただいた。
Women Fight Back ―女性たちは反撃するー
事例の1つ目は、インド、ムンバイのスラム地域に住む10代の女の子たちが開発したアプリだ。そこでは飲料水が通っていなく、行政のタンクローリーが地域を周っており、人々が生活に必要な水を手に入れるために行列を作って待っている。その役割を担うのは若い女性が多い。彼女たちは他にも家事の手伝いもあるため、学校へ通い勉強をする時間がない。この状況を解決するために、2つのアプリを開発した。1つ目は何時に給水タンクに行けばいいかを表にし、アプリで見られるようにして並ぶ時間を減らした。2つ目はその減った時間でヒンディー語や算数を学ぶための教育アプリも開発したのだ。
また、インドは女性が被害を受ける事件が多く発生している。女の子たちはお母さんたちの安全を守るためになにができるか考えた結果、働く母親のためのアプリを開発した。危険に直面した時にボタン一つでショートメッセージが出せ、また登録した番号に電話をかけることができる。GPS位置情報も搭載しているため、家族に場所を知らせることができるのだ。
目印をつけろ!
事例の2つ目は、アメリカ、カルフォルニア州のイースト・パロアルト地域。この地域では落書きやゴミが多いが、地域住民も対応をしていなかった。この課題を解決するために女子高校生たちは落書きやゴミの情報を住民たちと共有するアプリを開発した。町中の人にアプリをインストールしてもらい、落書きやゴミを見つけたら写真を撮り、位置情報とともにアプリに上げてもらう。アプリの地図で見ると、どこに落書きやゴミがあるか共有されている。そのため気づいた住民が綺麗にし、完了したらアプリ上から消す。そうしていくうちに地域住民が自発的に集まり、協力し合って町を綺麗にするようになったという。町が綺麗になったということに加えて、まちの新たなつながりづくりにも寄与することとなった。
水の女神たち
事例の3つ目はアメリカ、ミシガン州フリント。フリントでは飲料水に高濃度の鉛が検出され、多くの子どもたちに健康被害が出るという水道危機が起こった。そこでギタンジャリ・ラオさんという女の子がカーボンナノチューブを活用し、水中の鉛を検知する装置を作った。そしてアプリを使って誰でも使えるようにしたのだ。彼女の発明はアメリカで有名となり、TIME紙の表紙を飾った。
Google made with codeプロジェクト
https://about.google/intl/ALL_jp/stories/cleanwater/
この3つの事例を踏まえて、石原氏は「経済的に合理性のある課題」と、そうではない課題の位置づけについて説明してくれた。行政や企業は経済の合理性を鑑みて難易度が低く、問題の普遍性が高い問題に手を付けやすい。一方で問題の普遍性が高く、難易度も高いと行政も企業も対応するのが難しい。また、問題の普遍性が低く、難易度も低い問題はさらに対応が難しくなってくる。この部分の課題は地域の人たちが解決できるのではないか。まさしく3つの事例は、地域住民でとりわけ女性たちが身近な社会課題を可視化し、解決のために自分たちでスマホを活用しアプリを開発したのだ。
小山市の地域課題解決ツールとしてMIT App Inventorの可能性
最後に石原氏、昨年度から本事業でご協力いただいているNPO法人おやまワガママLab代表理事の荒川留美氏、モデレーターの谷津氏の3人でパネルディスカッションを行った。
「日ごろ地域住民の皆さんが我慢していることを可視化し、解決できる仕組みづくりとしてMIT App Inventorが活用できる」と谷津氏。荒川氏もMIT App Inventorの可能性に期待しており、「実際に困っていることがこうだったらいいなという想いを可視化し、課題を解決できることは可能性がありワクワクした。小山市民の方の声を聞きながら地域課題たくさん集め、みなさんと議論する場を作りたい」という。
実際に小山市はどのような課題に直面しているのだろうか。例えば荒川氏は現在子どもの送迎に課題を抱えているという。バスは少なく、駅までの交通手段が少ない。車の送迎以外で効率的な方法はないだろうか。石原氏はその課題もMIT App Inventorを活用して解決できるのではないかという。例えばバスのドライバーのスマホで位置情報を知らせ、保護者のスマホにリアルタイムで共有する。また利用者同士のコミュニケーションを行い、地域内のウーバーのような乗り合いできる仕組みづくりも可能だ。
こういった身近な課題や解決可能性について地域住民が対話できる場により、当事者意識の変化にもつながる。サービスを提供する側、受ける側というくくりではなく、自分たちに必要なものは自分たちでつくるという意識が醸成され、そしてそれを作る場があることは、自立的な地域コミュニティが構築され、より地域が活性化するだろう。谷津氏は「テクノロジーやデジタルというと難しく感じてしまう方もいるかもしれない。しかし多世代の地域のみなさんを巻き込みながら地域課題を見つめ、誰でも使えるスマホを活用することで面白そう!と感じてもらいながら推進していきたい」という。
次回、第2回目は実際に小山市でMIT App Inventor を活用してアプリ開発をする予定だ。小山市ではMIT App Inventorを活用して地域課題を解決するムーブメントが起ころうとしている。こういった動きが活性化することで外部から企業や団体が連携しやすくなり、関係人口が増加することにつながっていく。持続可能なまちづくりを推進していくエリアとして小山市が持つ可能性をさらに深堀をしていきたい。
※小山市の本事業に関心がある企業や団体の方がいらっしゃいましたら下記までご連絡お待ちしています。
お問い合わせはこちら:https://forms.gle/S3fj6tyX6GGk52z99
ゲスト情報
■講師
石原 正雄 氏
マサチューセッツ工科大学認定
教育モバイルコンピューティング マスタートレーナー
■トークセッションゲスト
荒川 留美 氏
NPO法人おやまワガママLab代表理事
桜小町MAO代表
■モデレーター
谷津 孝啓 氏
一般社団法人Society5.0・地方創生推進機構 代表理事
ボノ株式会社 取締役